アンディー・ディフレーン
(ティム・ロビンス)

andy
本名はTimothy Francis
Robbins。父親は俳優でフォークシンガーのギル・ロビンス。弟は彼の監督作品で音楽を担当しているデヴィッド・ロビンス。幼い頃から演技に目覚めニューヨーク州立大学からUCLAに移行。仲間たちと演劇グループを結成し、TV、映画などに出演。88年、「さよならゲーム」で注目される。この時共演したスーザン・サランドンとはその後、良きパートナーに。92年の「ザ・プレイヤー」ではカンヌとゴールデン・グローブ賞に輝き、92年、「ボブ★ロバーツ/陰謀が生んだ英雄」では監督業にも着手し高い評価を得る。その後、名作「ショーシャンクの空に」に出演し、再び監督した「デッドマン・ウォーキング」でアカデミー監督賞にノミネートされる。03年の「ミスティック・リバー」では少年期のトラウマに苦しむ男を演じ、その抑制の利いた演技が高い評価を受け、自身初のオスカーとなるアカデミー助演男優賞を受賞した。
高校卒業後、LAコミュニティ・カレッジで働きながら演劇を学ぶ。55年からの兵役後、サンフランシスコでミュージカル劇団に加入。その後、NYに渡りブロードウェイ・デビューを飾る。71年から映画にも進出。87年の「NYストリート・スマート」で、アカデミーは逃したものの、NYとLAの批評家協会賞の助演賞を受賞。さらにオフ・ブロードウェイで上演した「ドライビング
Miss
デイジー」でオビー賞を受け、映画化の時に同じ役を演じてゴールデングローブ賞に輝いた。その後も「セブン」「ディープ・インパクト」など話題作に参加し、作品の質を大きく高める、黒人俳優の重鎮である。04年、クリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」でいぶし銀の演技を披露、アカデミー賞4度目のノミネートにして念願のオスカー初受賞を果たした。
エリス・ボイド
(モーガン・フリーマン)

エリス・ボイド
ヘイウッド
(ウィリアム・サドラー)

ヘイウッド
大学以前から古典劇に出演し、2つの大学を卒業後、NYに進出。12年間で75本以上という驚異的な作品数に出演して幾つかの賞にも輝いた。映画の方は数本の端役を経て「飛べ、バージル/プロジェクトX」で本格デビュー。90年の「ダイ・ハード2」で凶悪なテロリストを演じて一躍注目された。以降、冷たい風貌から悪役を演じる事が多いが「ショーシャンクの空に」など、舞台経験を活かした演技力にも定評がある。01年から日本でも放映が始まった「ロズウェル/星の恋人たち」でも渋い演技が光る。
ニューヨーク生まれ。フットボールの奨学金を得てイエール大学に進むが怪我で断念。その後、第2次世界大戦に従軍。除隊後、アメリカン・シアター・ウィングで演技を学び、ブロードウェイデビューを果たす。そこでトニー賞の助演男優賞を獲得。「アスファルト・ジャングル」「キス・ミー・ケイト」「猿の惑星」「トラ!トラ!トラ!」など、50以上の映画に参加し、名脇役として知られている。 ブルックス・ヘイトレン
(ジェームズ・ホイットモア)

ブルックス・ヘイトレン
トミー・ウィリアムズ
(ギル・ベローズ)

トミー・ウィリアムズ
カナダ出身の若手俳優。元々、トミー役としてブラッド・ピットの名が挙げられていたが、ブラッドピットの多忙から、急遽白羽の矢が立つ。
本作品での演技力が認められ、その後多くの話題作に名を連ねることとなる。
特に彼の出世作は「アリー・マイ・ラブ」でレギュラーとして演じたビリー役である。
カリフォルニア州で生まれ、20歳で初舞台を踏む。 ウォーデン・サミュエル・ノートン
(ボブ・ガントン)

ウォーデン・サミュエル・ノートン
バイロン・ハドリー
(クランシー・ブラウン)

バイロン・ハドリー
オハイオ州の元下院議員の息子。高校時代から演劇に興味を示す。大学は円盤投げの選手として奨学金を得てノースウェスタン大に進学。更にフットボールの奨学金を得てバージニア大学にも進んだ。83年「バッド・ボーイズ」のオーディションを友人の勧めで受け、映画デビュー。その後「バカルー・バンザイの8次元ギャラクシー」、「ハイランダー/悪魔の戦士」、「影なき男」と強烈な印象で悪役を演じて注目を受ける。以降も敵役が中心で「ショーシャンクの空に」の看守も印象的だった。「ER 緊急救命室」の第4シーズンでは、ウィーバー先生と恋仲となる知的な医師を好演して新境地を開いていた。93年に結婚、一児の父でもある。